映画「FALL/フォール」は2022年、スコット・マン監督、グレイス・キャロライン・カリー主演の作品です。
この「FALL/フォール」のネタバレやあらすじ、ラスト最後の結末とその考察について紹介します。
以下、重大なネタバレや個人的な考察を含みますので、まだ鑑賞していない方はご注意ください。
映画「FALL/フォール」あらすじ
ロッククライミングが趣味のベッキー、その夫のダン、そして親友のハンター。3人はいつも一緒に山に登っていました。
しかしある日、ダンが登攀中に足を滑らせ、崖の下へ落ちて命を落としてしまいます。
それから1年。
ベッキーはまだダンの死から立ち直れず、お酒に逃げる日々を送っていました。
父のジェームズが心配して声をかけますが、うまく気持ちを伝えられず、逆にベッキーを傷つけてしまいます。
そんなベッキーを元気づけようと、親友のハンターがある計画を持ちかけます。
「もう使われていない、地上600メートルの巨大なテレビ塔に登って、そこからダンの遺灰をまこう」というのです。
最初は渋っていたベッキーですが、気持ちに区切りをつけるため、挑戦することを決めます。
二人は無事に頂上まで登り、遺灰をまき終えました。
しかし降りようとしたその時、老朽化したはしごが崩れ落ちてしまいます。
地上600メートルの、逃げ場のない鉄塔の先端。二人はそこに、完全に取り残されてしまうのでした。
映画「FALL/フォール」ネタバレ
以下、重大なネタバレを含みます。
誰も助けに来ない絶望
はしごが壊れ、頼みの水と食料、そしてドローンが入ったバッグは、少し離れたアンテナの円盤に引っかかってしまいました。
ハンターは携帯電話を靴の中に入れて地上に落とし、フォロワーに助けを求めようとしますが、電話は落下の衝撃で壊れてしまいます。
近くにキャンプをしていた男性たちに信号を送ることにも成功しますが、彼らは二人を助けるどころか、ハンターの車を盗んで逃げてしまいます。
明らかになるダンの秘密
夜が明けたころ、ベッキーはハンターの足首にあるタトゥーに気づきます。
それは、ダンがベッキーに愛を伝える時に使っていた「143(アイ・ラブ・ユー)」という数字の合言葉でした。
問い詰められたハンターは、ダンと不倫関係にあったことを泣きながら告白します。
しかもそれは、ベッキーとダンの結婚式の直前まで続いていたというのです。
つらい状況の中で明かされる、この重い秘密。しかしベッキーは、驚くほど冷静にそれを受け止めます。
伏線:父親が漏らしたひとこと
物語の序盤、父のジェームズは娘を励まそうとして、うっかり「ダンはお前にふさわしい男ではなかった」という趣旨のことを口にしてしまい、ベッキーを怒らせてしまいます。
このとき観客は「ただの失言」だと思って見過ごしてしまいますが、後半でダンの不倫が発覚することを考えると、これは非常に大きな伏線でした。
父親は、娘の知らないダンの本当の姿に、何かしら気づいていたのかもしれません。
「一番近くにいた娘だけが、本当のことを知らなかった」という構図が、この一言から静かに用意されていたのです。
映画「FALL/フォール」ラスト最後の結末
水も食料もない状態が続き、ベッキーは幻覚を見るようになります。
そしてある瞬間、正気に戻った彼女は、ある恐ろしい事実に気づきます。
——実は、バッグを取りに行こうとしたハンターは、途中で力尽きて落下し、アンテナの円盤にぶつかって、すでに命を落としていたのです。
それに気づかなかったベッキーは、その後ずっと「ハンターの幻」と会話をしていました。
翌日、ベッキーは自分の傷ついた足をついばみに来たハゲワシに気づいて目を覚まします。ベッキーはそのハゲワシを捕まえ、飢えをしのぎます。
最後の望みをかけて、ベッキーは携帯電話に父親宛ての助けを求めるメッセージを打ち込みます。そして、なんとかアンテナの円盤まで降りると、送信ボタンを押した携帯電話をハンターの遺体の中に入れ、遺体ごと地上へ落とします。
遺体がクッションになったおかげで、電話は壊れることなく、メッセージは無事に父親のもとへ届きました。
メッセージを受け取ったジェームズはすぐに救助を要請し、自らも塔へと駆けつけます。
到着した時には、ベッキーはすでに無事に救出されていました。
父と娘は抱き合い、これまでのわだかまりを解いて、物語は幕を閉じます。
映画「FALL/フォール」の考察
この映画を「地上600メートルのサバイバルスリラー」として見ると、手に汗を握るシンプルな娯楽作品です。
しかし私はこのタイトル「FALL(落ちる)」という言葉の中に、もう一段深い仕掛けがあると思っています。
「落とす」ことが、この映画の隠れたキーワードだった
この映画をよく見ると、物語の節目、節目で「何かを落とす」という行動が繰り返されていることに気づきます。
冒頭では、ダンの遺灰を塔の上から「落とす」ことで、ベッキーは過去に区切りをつけようとしました。
しかし、ちゃんと落とせたはずのものは、実は遺灰だけではありませんでした。
物語の最後、ベッキーは自分を救うために、ハンターの遺体を塔の下へ「落とす」ことになります。
そして、この行動によってようやく、彼女は本当の意味で助けを呼ぶことができました。
つまりこの映画は、「ダンの死をちゃんと”落とす”(手放す)ことができなかった人間が、もう一つの死を、今度は自分の手で本当に”落とす”(受け入れる)ことを強いられる話」だったのだと思います。
タイトルの「FALL」は、鉄塔からの物理的な落下だけでなく、「ようやく過去を手放せた瞬間」も同時に指していたのです。
「幻のハンター」が示していた、ベッキーの本当の弱さ
ハンターがすでに死んでいたのに、ベッキーがその幻と会話し続けていたという展開。これはただの驚きの仕掛けではありません。
冒頭でベッキーは、ダンの死という事実から目をそらし、1年間も現実を受け止められずにいました。
塔の上で起きた「ハンターの幻を見続ける」という現象は、実はこの「現実を受け止められない性格」が、そのまま繰り返されているだけなのです。
「一度目の死(ダン)から学べなかった人間は、二度目の死(ハンター)でも、同じように現実から目をそらしてしまう」・・・この繰り返しの構造こそ、この映画が本当に描きたかった、ベッキーというキャラクターの弱さだったのだと思います。
ハゲワシを食べる場面が持つ、本当の意味
正直、ハゲワシを捕まえて食べる場面は、多くの観客にとって「グロテスクなショック演出」として記憶に残っていると思います。
しかし私はこの場面を、この映画全体のテーマを象徴する場面として読みます。
ハゲワシは「死んだものを食べて生きる生き物」です。ベッキーがそのハゲワシを捕まえて命をつなぐという行為は、「死からしか、生きるための力を得られない」という、この映画全体の構造そのものを表しています。
遺灰を落とすことで死と向き合おうとし、ハゲワシを食べることで死から命をもらい、最後は遺体を落とすことで死によって救われる・・・ベッキーはこの塔の上で、何度も「死を通してしか前に進めない」という経験を繰り返しているのです。
結論:「FALL/フォール」は「本当の”落下”は、地面に着いた瞬間ではなく、心が過去を手放した瞬間に起きる」という映画だった
なぜこの映画は「FALL」という、とてもシンプルな一単語をタイトルに選んだのでしょうか。
それは、物理的に600メートル落ちることよりも、「1年間ずっと落ちられずにいた心が、ようやく落ちる(区切りをつける)瞬間」の方が、この映画の本当のクライマックスだったからだと思います。
「人は、痛みを伴う形でしか、本当の意味で過去を手放せないことがある」
FALL/フォールというこの映画が、単なる高所サバイバルを超えて心に残るのは、ベッキーが塔の上で経験した「落とす」という行為の中に、私たち自身が抱えている「なかなか手放せない何か」への共感を、無意識に見出してしまうからかもしれません。
評価:★★★★☆(3.9/5.0)
「ベッキーが本当に落とさなければならなかったのは、遺灰でも、遺体でもなかった。1年間ずっと抱え続けていた”現実を見ない自分”だった。地上600メートルという極限の場所で、彼女は何度も”死”を通り抜けることで、ようやくそれを手放すことができた。FALLというシンプルなタイトルには、物理的な落下と、心の解放という、二つの意味が静かに重ねられていたのだと思う。」
こちらは孤独なサメとの戦いを描いた作品です。

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